第8回:栫 ヒロツグ・加藤 浩(ととにゃん)<前編>

見知らぬ世界へ、チェインバーと流れ着いた少年レド。新たな世界で、一体どんな未知との出会いが彼を待ち受けているのだろうか?

そんな主人公レドを演じる石川界人くんも、声優として新たに漕ぎ出したばかり。

石川界人くんが臨むアニメの制作には、声優の他にも、アニメーター、脚本家、プロデューサー……など沢山の方々が働いております。
一体どんな人たちなの?どんなお仕事をしているの?
まだまだ、知らない事だらけ。

……そうだ。レドと同じように未知の仕事と出会いに行こう!

ということで、制作に関わる様々なガルガンティア制作団(スタッフ一同)の人たちを、プロダクションI.Gの平澤Pの案内で、石川界人くんが訪ねていきます。

● 世界をつくる美術の仕事

石川ではまず本当に初歩的な質問なのですが、美術監督というお仕事は具体的には何をされているお仕事なのでしょうか?
世界を、作る仕事ですね。
石川世界を作る仕事ですか?
はい。世界がないとキャラクターも動けないですから。
石川世界を作るというのは具体的にどういうことなんでしょうか。例えば、建物を世界観に合った特徴を付けて作ってみたりとか、そういうことでしょうか?
そうですね。世界観を作るにあたって、まずやっぱり、監督とどういう世界を作りたいかというお話から始まります。明るい世界にしたいのか、ちょっとどんよりした暗い世界にしたいのか、というところから始り、空の色や、それが決まったら次は地上に、と進んでいきます。監督からのオーダーが「明るい、あっけらかんとした世界が欲しい」ということでしたので、雰囲気的には明るい方向にもっていきました。それをベースに、「そこに在るものには現実感を感じるように」というようなヒントを、ちょっとずつ監督からもらいながら構築していった感じですね。
石川監督の頭の中にある世界観を引き出していく、ということですね。
そこにチョコチョコと自分の趣味も混ぜていたりもします(笑)。
石川なるほど。ではガルガンティアの中で栫さんの趣味が顕著に出ているところはどこですか?
例えばガルガンティアは、全体の色味ちょっと赤っぽくなっていると思うんですけど、そうしたのは割と私の好みなんですね。
石川そうなんですか。
「真っ青だとちょっと寒々しいな」という論議があったんですよ。「南国の雰囲気を出したい」という要望もあったので、あったかい色を使うことにしたんですね

● こだわりがあだに?

石川監督と世界観のお話をされながら、美術を作っていったとお話されていましたが、ガルガンティアのお話をいただいたのはいつ頃でしょうか?
いつ頃でしたっけ。もう覚えてないぐらい……。
平澤1年ぐらい前には全然やってますよね。
加藤東京湾に行ったのが2年前の11月とかですね。
石川東京湾に行かれたんですか。
加藤はい。そうです。
平澤2011年の10月か11月頃ですね。今回は海が舞台だからということで、その空気感をみんなで見ようと、スタッフのなかでも、特に世界観を作り出す役割のメンバーを中心に東京湾まで大きめのヨットに乗りに行ったんですよ。ちょっと沖合ぐらいまで出て、横をすごい高速艇がワーッって通ったのを見たりしたのが、丁度顔合わせのタイミングだったでしょうか。
石川ガルガンティアの海のモデルは東京湾なんですか?
平澤若干、そうですね(笑)。まあしいて言えば。
船に乗ったことが無い人はいないと思ったんですけど、1回も乗ったことが無かったら洒落にならないので、取りあえず出掛けたんですね。海ほたるを一周するくらいでしたが。
平澤そうですね。
背景屋といっても船に関しては素人ですから、なかなか細かくまでは知らない。だから、船というお話をいただいた時に、1回ぐらいは間近で見ておく必要があるんじゃないか、ということもあって。
石川なるほど。
加藤船自体は好きだとしても、みんなが同じように描けるわけじゃない。だから、ある程度省略するところは省略する。私の場合は美術設定に落とし込むんですけど、落とし込まないと、あれもこれも本物と同じように入れてしまうと、えらいことになってしまうんですよね。作業が終わらなくなるので「本物」を作るというより「らしさ」を大事にして舞台を作っていく作業をしたんです。そのための布石として、また顔合わせも含めて東京湾に行かせてもらったんですね。
石川なるほど。
でもフタを開けてみたら、描くところは船というか、ただの鉄板ばかりで……。
平澤船内も多いですよね、確かに(笑)。
加藤船が、でか過ぎですよ(笑)。
船というよりも、ただひたすら鉄板の錆を描いてる感じになりつつあるんですけども。
石川ガルガンティアの背景のミソが「錆」にあると、よく耳にしています。僕もオンエアを見て、本当に細かいところまで錆が描かれていてビックリしたんですよ。やはり、錆に対するこだわりがあったんですか?
やってるうちに、やんなきゃいけないのかなって。最初は全然こだわっていなかったんですけど、こだわりを見せていかないと錆に見えなくなってきて。なんかどツボにはまってます(笑)。
加藤自分で自分の首絞めてるよね。
石川ハードルをどんどん上げてしまったんですね(笑)。
そうですね。失敗です(笑)。監督から「いろいろ、入れてくれ」と言われてたので、「頑張ります」とやり始めたとこまで良かったんですけど。やり過ぎはよくないな、と反省しています(笑)。
加藤私、横から止めてます(笑)。
石川そのおかげで、ガルガンティアの背景もすごいリアリティのある船団になっていると思います。本当にすごいと思います!!!。
そう言っていただけると、ありがたいです。

● 演劇でわかる、美術監督と美術監修

石川加藤さんは美術監修・美術設定というお立場ですけれども、2人のお仕事にはどういう違いがあるのでしょうか?
加藤ほぼとっかかりを私がやらせていただいて、後の作業は任せている形です。私は舞台を作っていく過程で、いっぱい必要になってくる美術設定をどんどん描いています。
石川美術設定というのは、どこそこに引き出しがあったりとかですか?
加藤そうですね。さっきも「この仕事は何をする仕事だ」という話がありましたが、舞台というキャラクターが動き回れる空間を作っていく仕事なので、その空気感を出したり、光を出したりの作業も美術に含まれるんですね。私の役割は、舞台を作っていくための設計図を描くことです。「ここはこの引き出しを描いてください」という仕事です。
石川なるほど。
加藤それを受け取った栫くんが「じゃ、ここの引き出しはこういう色にしましょう」「照明をこことここに置いたような画面づくりにしましょう」ときめていく、というように分業化しています。
大道具さんと照明です。
石川すごくわかりやすいです!「大道具さんと照明」という説明がすごいカチッときて、ちょっと感動してしまいました。
平澤界人さんは、もともと高校時代に演劇を少しやっていたんですよね。
石川はい。裏方の照明、大道具、美術もちょっとやっていました。人数がなにぶん少なかったもので。
平澤撮影の方が調整する部分も多分にありますけど、全体として画面の雰囲気を決める、具体的には、光や色の具合がどんな感じなのかを決めるお仕事が美術監督さんのお仕事ですよね。
加藤ムードを出すという感じですね。
打ち合わせなんかで、リジットが出てくる場面は「ちょっとエロい雰囲気にしましょうよ」とか提案もしてました(笑)。監督は「うーん」って言われるんですけども、チョコチョコと入れたりしてます。
石川1話のピニオンがリジットに電話したシーンとかですね。
なぜか分からないですけど、リジットが出てくると、ちょっとアンダーでライティングが間接照明っぽくしてあげたくなるんですよね。
平澤確かに直接照明あまり無いかも知れないですね、リジットの時は。
逆にエイミーだとか外にいる人たちの時は、サンサンとした日向にいる感じを出してます。
石川なるほど、色気がある感じにしているんですね。他のキャラクターもそれぞれに光の当て方を変えているんですか?
演出の内容によりけりですけど。ここはいけると思ったら入れています。
加藤実写と違って直接ライトを当てられないので、ライティングを描いてみせるしかないんです。

● 美術と撮影の密接な関係

石川ガルガンティアは船の上でのシーンが多いので、空の描写も多いと思います。夕焼けだったりとか昼間だったりとか。
加藤割とどこもドラマチックですよね。
そうですね。空を直接見せるのは当たり前のことなので真摯(しんし)に描くしかないですけども、どちらかといえば建物とか映した時に反対側の空がどうなっているかまで分かる絵を目指しております。
平澤確かに分かりやすいですよね。
ただ「こっちは影だよ」と示すのではなくて、「こちら側の空は青いよ」としてます。こっち側の空は夕焼けで夕日で赤いですけども、反対側はほとんど夜の青い感じになるようにしてます。画面の中に二色ぐらい入るように、ライトをちょっと贅沢に使うのを意識しております。
平澤2話とか思い返してみると、夕焼けのシーンが真っ赤って感じで、そこから夜のとばりが降りていくにつれてすごい雰囲気が変わっていき、しかもヒカリムシの光がいい味をだしてる。
あれはキレイでしたね。撮影さん、ありがとうございます。
平澤うまく調和してましたね。あのあたりの色バランスも栫さんが?
色味ボードというか設計図通して、「こんな感じにしたいです」とお伺いを立てて、それを撮影さんに見ていただいて「しょうがないな。やってあげよう」という流れじゃないですかね。
石川撮影監督さんともツーカーの仲で作業をされたのですか?
実は、なかなか直接お話しさせていただける機会が無いですね。本当に出来上がったものだけを見て意図を汲んでいただく形になりますね。
石川出来上がったものを見て意図を汲み、高めていけるのはすごいですね。自分では「これはちょっと駄目かな」と自信が無い時もあると思いますが、その時はいかがですか?
そういうことがある度に「ありがとうございます」って(笑)。
加藤撮影監督頼みっていうのはかなり多いですよね。
石川先日、撮影監督の田中さんにお話しを伺ったばかりなんです。
平澤リレーのバトンがつながっていく感じになるんですよ。
石川これまでも何回かこのインタビューをやらせていただきましたが、やはり個別でお話を聞いているので皆さん独立したものとして考えていました。ここにきてようやくバトンが繋がっている実感が出てきました!

● 背景美術は儲かる?

石川では、栫さんご本人のお話を少し聞かせて頂きたいと思います。美術監督にはどのような経緯で就いたのでしょうか?
私が初めて美術監督をしたのは加藤から「美術監督やんない?」という電話が来てですね、「マジですか。やります」って飛び付いたのが始まりです。
石川その電話がくる前は何をされてたんですか?
この「ととにゃん」という会社ができる前には美峰という会社におりました。そこももちろん背景美術の会社で、その時にお仕事をいただいていた元上司が加藤で、今も上司です(笑)。
加藤先に私が出て、彼も後々辞めて。
フラフラと、ニートみたいになっていたんですよ。
加藤二人とも退社したばかりだったので「準備ができたら声掛けるね」と言ったきり、ととにゃんの準備をして半年ぐらい待たせてしまって「まだですか」みたいな連絡をもらって。
もうやることなくて、ずーっとゲームしてたんですよ(笑)。
加藤その頃「事務所が用意できたから、一緒に盛り立てに来ませんか」ってことで合流したんですね。
平澤美峰さんに入られる時には、どんなきっかけで美術を目指そうと思われたんですか?
一番最初は、このガルガンティアにも関わっていらっしゃる岡田有章さんもいらっしゃった、ガンダムの美術監督も務めた中村光毅さんのデザインオフィス・メカマンという会社に、「背景描きたいです」って無理やり押しかけまして、「しょうがねえから雇ってやる」みたいな感じでこの世界に入りました。その後紆余(うよ)曲折ありまして、色々なゲーム会社さんとか渡り歩いていたんです。その時に美峰さんのことを聞いて「背景をやるなら、やはり美峰さんで学んでおかないと」という感じで受けました。
石川もともと絵はお好きだったんですか?
数学とか国語よりは好きでした(笑)。
石川僕もです(笑)。
平澤油絵の勉強とかはやってらっしゃったのですか?
何もやっていなかったです。ただ小学校の時に、私は鹿児島の出身なんですが、毎日自分がやった勉強とかを書かなければいけない「生活ノート」がありました。それが面倒で毎日桜島ばっかり描いて提出していました。それぐらいです。
平澤それぞれのお仕事でどういった勉強をされてからこの業界に入ってくるのか、結構分かれますが、アニメーターの方は専門学校を出た方が多いんですよ。
私も専門学校です。
平澤美術系の方ってアニメーターさんとは少しキャリアが違って、美大から入られる方が結構いらっしゃるので。
私は大学受験は面倒だと思ったので、どこか試験無しで入れないかと探していたら専門学校が試験無しだったんです。「絵だったら取りあえずやってみるか」って入ることに決めたんですけど、そのパンフレットの中に「背景が一番儲かる」って書いてあったんですね。
石川切っ掛けはそこだったんですね!
そうなんですよ(笑)。本当ですよ。アニメーター課とかいろいろあって、どこに入ろうかと考えてたら、書いてあったんですよ。
石川背景が……。
やはり、すごい人から新人までいますから実際とは違いますし、だまされた感がありましたけどね。割とノリでした。
石川僕は絵がとても苦手なんです。学校の授業でも先生に「あまり向いてない」って苦笑いされながら言われるぐらいです。さっき「ノリで」っておっしゃったんですけども、ノリでもここまですごい絵が描けるようになるのは本当にすごいですね。
毎日たくさん描いてると否が応にも「ここがおかしい」と分かるようになりますからね。1日前、3日前くらいだったらいいですが、1年、2年も前の絵は今見ると目を覆いたくなりますから。
石川1、2年前でもどんどん成長するんですね……。
まだしていると思いたいんですね。
加藤してる。してる。
多分ガルガンティアでも、1話から13話までの期間が、2年ぐらいになりますからだいぶ違ったものになっていくんじゃないかなと。1話はがむしゃらにやってて、監督に「錆をもっと」って言われて、割とヤケクソな部分もありました(笑)。最終話の13話にむかってこれから盛り上がっていくと思いますが、それに合わせてもうちょっとスマートにできればとは思っています。
平澤栫さんは割と錆好きでいらっしゃると聞いたのですけど、それはガセネタですか?
それは、こっち側です。
平澤加藤さんなんですか。
加藤私です(笑)。ビンテージな感じは大好きなので。
平澤なるほど。
錆なんてガルガンティアの一つの要素ですから。ただ無くなったらガルガンティアとは言ってもらえないのかも知れないですけどね。好きは好きですけど、今となってはただ大変ですからね。
平澤これが終わったらしばらくはいいかな、みたいな感じですかね。
1話とか2話とかよく後ろに大きい重工業船が出てくるじゃないですか。アレ、早くぶっ壊れないかなって思うようになって(笑)。
石川何てことを(笑)。
いつまでたっても壊れてくれないですよね。
加藤壊しても壊れない!

● 美術に向いている人の意外な性質?

平澤美術の仕事目指されて、これまで続けて来られたのは、自分のどういうところが合っていたからだと思いますか?
逆に面倒くさがりだから、かも知れないですね。
平澤背景も相当面倒だと思いますが、そうじゃないですか?
加藤作画の方と比べると、ワンカットとか1枚の絵に対する集中力が短時間でも良くて、後は分散化しやすい。作業を2日、3日に分けるのもしやすいんです。作画の方はワンカットで何十枚という絵を並べて、タイミングを見てと、2次元ではなく3次元的に考えて動かすことをしていると思いますが、我々の世界ではそこまでの面倒なことができない人が多い(笑)。作業が大変だという意味では同じですが、作画の方みたいな考えができないから背景を描いていると思います。
やはりキャラが主役なので、一生懸命背景を描いてキャラを食っちゃったら駄目ですよね。そうするとキャラが映えるように力を入れてかっこうよく描いてあげる部分と、他のところはキャラの添え物だからと考えて力を抜いて描いてあげると、注力するのが一部分でいいんです。一生懸命な方は全部に力を入れて描いてしまいますけど、私は飽き性なので「ここだけ頑張ればいいんじゃないですか」みたいな感じで生きてきました(笑)。
加藤ここだけ聞くと罰当たりな人物ですけど、実はそれが大事なんです。キャラクターを引き立たててこそのバックグラウンドなので、キャラを食ってしまうのは失敗になります。他の会社は分かりませんが、ととにゃんとしては「キャラクターを立ててナンボ」というスタンスで仕事を受けているので。逆に、BGオンリーという背景が主役になる瞬間が何カットか出てきますが、そこでは背景が主役なので当然頑張ります。キャラクターを立てるためのやり方と、当人の気質が一致しているような気がしますね。

*次回に続きます